浦和地方裁判所 昭和40年(ワ)410号 判決 1966年4月04日
原告 中小企業金融公庫
右代表者総裁 舟山正吉
右訴訟代理人弁護士 鵜沢晋
同 上野隆司
被告 更生会社トキワ精機株式会社管財人 河野一英
右訴訟代理人弁護士 柴田政雄
主文
一、原告が更生会社トキワ精機株式会社に対し別紙債権目録記載の限度において更生担保権および議決権を有することを確定する。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
原告は「原告が更生会社トキワ精機に対し、昭和三七年六月二五日付金銭消費貸借契約に基づく貸付金七〇〇万円の残高金二一七万円に対する昭和四〇年五月一五日以降右完済に至るまで日歩四銭の割合による損害金債権について、更生担保権および議決権を有することを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、原告は、訴外トキワ精機株式会社(以下トキワ精機という。)に対し、昭和三七年六月二五日付金銭消費貸借契約証書に基づき、金七〇〇万円を貸し渡し、右貸付金及びこれに付随する利息、損害金等右契約に基づく一切の債権を担保するため、同日付抵当権設定契約証書及び昭和三七年一二月二〇日付抵当権追加設定契約証書に基づき別紙物件目録記載の物件に抵当権の設定を受け、浦和地方法務局鴻巣出張所昭和三七年六月二九日受付第二六八五号及び同年一二月二四日受付第五三二八号により右抵当権設定の登記を受けた。
二、トキワ精機は、昭和四〇年五月一五日午前一〇時、浦和地方裁判所昭和四〇年(ミ)第一号会社更生事件につて、会社更生法による更生手続開始決定を受け、更生債権、更生担保権等の届出期間は昭和四〇年七月五日までと定められた。
三、原告は、第一項記載の抵当権の被担保債権として、同項記載の各契約に基づき、更生会社トキワ精機に対し、本件債権、すなわち前記貸付金残高金二一七万円に対する昭和四〇年五月一五日(更生手続開始の日)以降右完済に至るまでの日歩四銭の割合による約定遅延損害金債権(以下本件債権という。)を有しているので、昭和四〇年七月二日本件債権について、これを更生担保権として届け出たところ、同年九月六日の更生債権及び更生担保権調査の期日において、被告より、本件債権はいわゆる劣後的更生債権であるとの理由で、更生担保権としては異議を述べられた。
四、しかし、本件債権は、次の理由により、劣後的更生債権ではなく、更生担保権である。すなわち
(一) 本件債権は、トキワ精機に対する更生手続開始前の原因に基いて生じた財産上の請求権であり、更生手続開始後の不履行による損害賠償債権であるが、それが更生債権であることは、会社更生法(以下法という。)第一〇二条及び第一二一条第一項の規定により明らかであるところ、法第一二三条第一項は、更生債権で、更生手続開始当時更生会社の会社財産の上に存する特別の先取特権、質権、抵当権又は商法による留置権で担保された範囲のものは、更生担保権とすると規定しているので、本件債権は、それが法第一二一条第一項に規定するいわゆる劣後的更生債権であっても、なお更生担保権であることは、文理上明らかである。
(二) 本件債権におけるが如く、抵当権設定契約により利息又は遅延損害金債権が当該抵当権の被担保債権となっているときは、後順位担保権者が存する場合でも、少くともその満期となった最後の二年分については、当該抵当権を行うことができることは、民法上認められた抵当権者の権利である(民法第三七四条)。十分な担保価値をもって担保されているかかる利息又は遅延損害金債権(その額は相当巨額にのぼる場合がある。)が、たまたま開始された更生手続開始後のものであることにより、担保権者の意思は何等顧慮されることなく、その担保権を失ってしまうのみならず、もともと担保権により担保されていなかった一般債権にも遅れ、一般債権に満足を与えた後でなければ弁済を受けられないと解することは、担保物権制度の根底を動かし、物的担保制度に対する社会の信頼を失わしめまた、権利者の意思にかかわらず私権を侵害する結果ともなって、更生法の法意を正当に解釈する所以ではない。このことは、更生法が、関係人集会において更生計画案を可決するには、更生担保権の減免その他期限の猶予以外の方法によりその権利に影響を及ぼす定をする計画案については更生担保権者の全員の同意を得なければならないとして、担保権者の権利に影響を与えることに対しては、極めて慎重な考慮を払っていること(法第二〇五条参照)からもうかがえるのである。
(三) 右(二)において引用の民法第三七四条が利息又は遅延損害金についてその満期となった最後の二年分についてのみ抵当権を行うことができる旨規定しているところから、かかる利息又は遅延損害金についても法第一二〇条の「優先権が一定の期間内の債権額につき存在する場合においては、その期間は、更生手続開始の時からさかのぼって計算する。」との規定を類推し、本件債権におけるが如き更生手続開始後の利息又は遅延損害金は、最後の二年分の利息又は遅延損害金として抵当権の被担保債権の範囲に入らず更生担保権とならないと解するならば、かかる見解もまた更生法を正当に解する所以ではない。すなわち、同条は、破産法第四一条の規定に対応するものであるが、同法においては、更生法において更生担保権として取り扱われる特別の先取特権、質権、抵当権又は商法による留置権で担保された債権は、いずれも別除権として、破産手続によらないでその実行をすることが認められ十分保護されているのであって(破産法第九二条、第九三条、第九五条、第九六条参照)、破産法第四一条の規定する「優先権」は、同法第三九条の規定する「一般ノ先取特権其ノ他一般ノ優先権アル破産債権」における優先権のみを意味するものと解されている。この点を考慮に入れ、翻って法第一二〇条の規定を考察すれば、その規定の字句の解釈からいっても、また規定の位置からいっても、決して更生手続開始後の利息又は遅延損害金につき存する担保権を担保権者の意思にかかわりなく失わしめる如き趣旨の規定でないことは極めて明らかである。もし、抵当権の被担保債権たる更生手続開始後の利息又は遅延損害金について、同条を適用ないし類推すべしという説をとれば、前示民法第三七四条の規定の適用又は準用のないと解される動産質権、期間に制限なく優先権が認められる船員給料の先取特権等との間に著しく権衡を失し、更生法の基本精神である衡平にも反する結果となる。
(四) 更生手続開始後の利息又は遅延損害金債権を更生担保権と解さないときは、また次の如き不均衡を生ずることとなる。すなわち、(1)法第一二三条の規定によれば、更生会社が更生手続開始前の原因に基いて生じた更生会社以外の者に対する財産上の請求権で、更生手続開始当時更生会社の会社財産の上に存する抵当権で担保されるものは、更生担保権であるが、その被担保債権は更生会社以外の者に対する債権であって、更生債権ではなく、したがって劣後的更生債権ともならないと解され、更生手続開始後に発生したかかる利息又は遅延損害金も更生担保権としての取扱いを受けることとなる余地があり、更生会社に対する更生手続開始後の利息又は遅延損害金債権と権衡を失することとなる。(2)万一、更生手続開始後の利息又は遅延損害金債権が更生担保権として認められないまま劣後的更生債権として確定すると更生計画が不認可になった場合等更生手続が本来の目的を達しないで解かれた場合、当該更生手続開始後の利息又は遅延損害金債権については、当然に担保権を行使し得なくなるという担保権者にとって由々しい結果が生ずる虞れがある(法第二三八条、第二八三条、第二七九条等参照)。
五、以上の理由により、原告は、更生会社トキワ精機に対し、本件債権について、更生担保権及び議決権を有すること明らかであり、これに対する被告の本件異議は失当であるから、請求の趣旨記載の判決を求めるため、本訴に及ぶ次第である。
と述べ、被告提出の乙号各証の成立を認めた。
被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告主張の請求原因事実を認め、原告主張の法律的見解に対する反駁として、
一、原告指摘の学説等があることは認めるが、しかし、これは劣後的更生債権であっても、更生計画案で議決された債権は、その元本債権が被担保債権であれば更生担保権になるという趣旨を指摘するに止めており、更生手続開始以後の更生担保権の利息や損害金も更生担保権としての議決権が与えられ、したがって、元本更生債権と同様、権利者全員の同意または四分の三の同意がなければ利息や損害金もその債権額の減縮や支払猶予ができないとはいずれも明言していない。
却って法第一二一条によれば、文理上は更生手続開始後の利息等は明らかに劣後的更生債権として開始前の債権が更生債権であるか更生担保権であるかを区別していないのである。
二、確かに、原告主張の理由も一応は理解できる。すなわち、担保権本来の性格からは、民法上利息も一応は被担保債権になるが、しかし、それさえも一般無担保債権者や物権取得者との調整をはかるため明文をもって民法第三七四条のように被担保利息債権の範囲について制限しているのである。
したがって、法は、その立法趣旨からいっても、また現実に社会問題となっているように元本債権についてさえ担保権者を優遇しすぎ、その結果零細な下請業者や取引先が殆んど保護されない危険と結果が発生していること等の状況を考慮して法第一二一条は民法第三七四条等の制限をさらに強化して更生開始後はこれを劣後的更生債権としたものと解釈すべきである。
三、仮に開始後の利息等債権それ自体は、劣後的更生債権ではなく更生担保権であるとしても、更生計画案の審議においては、普通更生債権と同じようにその可決の要件は、議決権を行使できる更生債権者の三分の二に当る議決で、その債権の減免ができると解釈すべきである(法第二〇五条)。蓋し、そうでなければ、無担保債権者は通常の例で元本債権でさえ五割以上実質的に減免されることさえあるのに、多くの場合倒産の心配のない大企業である担保権者のみが全額利息の支払、しかも損害金として日歩四銭も仮にとり得るとすると無担保債権者に対する更生計画が立てられない虞れがあるからである。
しかも、文理上も抵当権等と同じ物的担保権ある一般の先取特権は他の更生債権より優先性を認められながら(法第一五九条)、開始後の利息等については劣後的更生債権とされるものであることは解釈上争いがない。これとの公平上からも更生担保権のみ開始後の利息等もそれ自体およびその減免の計画案の議決要件についても完全なる更生担保権として扱われるのは著しく不公平である。(法第一二〇条もまた被告主張の根拠となる)。
と述べ、
立証≪省略≫
理由
一、原告主張の請求原因事実は、すべて被告の認めるところである。
二、しかして、右事実によれば、原告主張の本件債権は別紙債権目録記載の限度において更生担保権であると認めるのが相当である。すなわち、
一般に、更生担保権として認められる被担保債権の範囲は、結局担保権の効力として民法、その他の実体法の定めるところによるべきであり、したがって、実体法上担保権で担保される限度においては、債権の態様優先順位等は問題とされず、一般には劣後的更生債権とされる更生手続開始後の利息、損害金等も更生担保権となるものと解すべきところ、これを抵当権についてみれば、民法第三七四条は後順位抵当権者、一般債権者との利益調整を考慮したうえ、利息または遅延損害金のうち満期となった最後の二年分についてはその抵当権を行うことができる旨規定しているのであるから、右の範囲においては利息または損害金も更生担保権たり得るものといわなければならない。
ところで、右三七四条の解釈として、利息または損害金について満期となった最後の二ヶ年分を計算する基準については、見解の岐れるところであるが、被担保債権が更生債権である場合は更生計画認可後の利息または損害金は更生債権ではなく更生担保権となり得ないと解すべきであるから(昭和一二・四・二二大審院判決の趣旨類推)、したがってこの場合は計画により現実に弁済を受けるときでなく、計画認可の日をもってその基準日と解するのが相当である(なお、被告主張のうち、本件のように更生手続開始後の利息または損害金についてこれを更生担保権として取扱う場合、他の更生債権との権衡を欠く点を指摘する点等実際上の問題としては首肯される点も存するけれども、現行法の解釈としては、前記のように解すべきものと考える)。
三、そうすると、原告主張の本件債権のうち、更生計画認可の日を基準としこれから逆算して二ヶ年分の範囲内においては、原告は、更生担保権および議決権(なお、本件において右議決権の額は、その性質上更生計画認可の日が予定されるまでは具体的には定め難いのであり、結局第三回債権者集会には、予定される更生計画認可の日を基準として前記計算に従い右議決権の額を定めて行使させることになると解するの外はない。)を有するというべきであるから、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木之夫)